私は中学生時代、部活動をやっていた。
1年生のときは科学部に所属していたのだが、天性のイタズラ好きな性格のため、度が過ぎてクビになってしまった。
BTB水溶液を作ろうとして濃度を間違え、青色ポリバケツに2杯分も作ってしまったり、薬品を勝手に混ぜて危険な化学反応を起こさせたり、今考えても危険な生徒だった。
先輩に命令されて黒色火薬を作って、それをアルミホイルに包んで爆弾にしたり、注射器にアルコールを入れて火炎放射器にしたり・・・。
クビになって当然である。
田舎は遊ぶ場所が少ないので、放課後はヒマである。釣りや昆虫採集に行ったりして時間を潰していた。
しかし、2年生になったとき、また何か部活動がやりたくなった。
そんなとき、サッカー部に入っていた友人が私と同じくクビになった。
2人で相談して、一緒にバレー部に入ることにした。
私は球技は苦手である。
陸上や体操系なら得意だったのだが、球技はルールが複雑で、単純なミスをする事も目立った。
反射神経には自信があったのだがコントロールに問題があって、レシーブはセッターに返らないし、スパイクはコート外に外れる事が多かった。
友人はセンスがあって、あっと言う間にレギュラーになった。
私は背番号10の補欠で、主に球拾いとラインズマンを勤めた。
才能が無い者はどうしたら良いのか。練習あるのみである。
練習が終わったあとに同じくセンスの無い友人と、真っ暗になるまでトスやスパイクやサーブの練習をした。
そして、私は魔球サーブを編み出した。
ドロップの様にグィーンと曲がって落ちるのではなく、フォークボールの様にストンとネット際で落ちるサーブである。
しかし、現実は厳しい。なかなか出番は回って来なかった。
監督はバレー経験の無い社会科の先生で、練習を見に来る事も希だった。
弱小チームだったこともあり、コートは屋外に設置されており、フライングレシーブ等でユニホームは泥だらけになった。
今では考えられないかも知れないが、当時は公式試合でさえ屋外で行うことも多かった。
来る日も来る日も試合の度にラインズマンだった。
レギュラーはほぼ固定されており、アクシデントが無い限り出番は有り得なかった。
そんな私にチャンスが訪れた。
それは、全国大会常連校との試合だった。
試合は完全なアウエーで、相手の学校の体育館で行われた。
私は今回はラインズマンではなく、ベンチで応援していた。
我々が勝てる相手では無かったが、なんと相手チームは我々をナメて、二軍チームで対戦してきた。
私たちは燃えた。ここまでバカにされて無様に負けるわけにはいかない。
バレーは波のあるゲームである。リズムに乗ると連続して得点が入るし、チームワークが大切である。
当時はラリーポイント制ではなく、サーブ権が得点した方に移動するルールであった。
我がチームは波に乗り、ジュースにもつれ込みながらも第一セットを先取した。
そして第二セット。調子づいた我々は、このセットでもリードしていた。
これは、もしかして勝ってしまうかも知れない。そう思ったときである。
相手の監督さんがメンバーチェンジしてきた。
エースアタッカーを投入したのだ。
たった1人の一軍選手投入で、試合は一変した。
背が高い上にパワフルな選手が放つスパイクは、中学レベルのものでは無かった。
威力と角度があり、一歩も動けずに決められる事も多かった。
レシーブは乱れ、チームが混乱してミスも増えた。もうダメである。
あっと言う間にリードは無くなり、逆転された。
それを見ていたうちの監督が、メンバーチェンジを告げた。
試合を諦めたのか、流れを変えたかったのか、私をピンチサーバーに指名したのだ!
初めての試合出場である。緊張してぎこちない歩き方で向かう。
今こそ、人知れず練習してきた魔球を見せるときだ!!
強烈なサーブをイメージしたのか、相手は少し下がって守っている。
シメシメ、これはチャンスだ。魔球よ、炸裂してくれ~。
相手コートは窓が明るくて逆光になり見えにくかったが、狙いを定めてサーブを放った。
ボールがネット際でフッと落ちた。
これは決まった!と思ったが・・・。
エースアタッカーの長い手が伸び、フライングレシーブで拾われてしまった。
魔球は炸裂しなかった。私の役目は終わった。
そして、私は狙われた。相手のスパイクが私の目の前に落ちた。
一歩も動くことさえできなかった。サーブ権が相手に移動してしまった。
次は相手チームのサーブである。
また狙われた。私めがけて強烈なサーブが飛んで来る。
逆光で見えにくい。たぶん、落ちるサーブだと思って腰を低くして構えた。
ところが、伸びるサーブだった。
私は恥ずかしいくらいに伸び上がり、手元で拾うはずのボールが顔付近まで浮いて飛んできた。
そして・・・ボールはオデコに当たった。
ヘディングされたボールは綺麗に相手コートに返った。
会場から爆笑が聞こえて来る。
相手チームにとってはチャンスボールである。クイックでスパイクを決められ、得点を許した。
次の瞬間、監督が動いた。またメンバーチェンジである。
替わった選手は私だった。
以後、監督は二度と私を使ってはくれなかった。
私が試合でボールに触れたのは、サーブのときとオデコでのヘディングだけである。
チャンスで結果を出せなかったのだから仕方ない。
再びラインズマンとしての出場が続いた。
あのとき魔球が炸裂していれば・・・。
高校野球の中継などを見ると、スタンドから必死で応援している部員がいる。
彼らもきっと、人知れず練習して出場の機会を待っているのだろう。
そんな彼らを私は応援したい。
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